太極拳とは

東洋哲学の重要概念である太極思想を取り入れた拳法で、形意拳、八卦掌と並んで内家拳の代表的な武術として知られる。健康・長寿に良いとされているため、格闘技や護身術としてではなく健康法として習っている者も多く、中国などでは市民が朝の公園などに集まって練習を行っている。

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特徴 ...
武術として継承されてきた太極拳は『伝統拳』と呼ばれる。十三勢と呼ばれる基本功に始まって、套路、対練、推手、散手と進むのが一般的な流れで、これによってそれぞれの門派における太極拳の技法を習得する。特に套路は、緩やかで流れるようにゆったりとした動きで行うことで、正しい姿勢や体の運用法、様々な戦闘技術を身に着ける。しかし実際の戦闘における動作はゆっくりしたものではなく、熟練者においてはむしろ俊敏で力強いものとなる。徒手の応用として、太極剣、太極刀、春秋大刀、槍など武器術の套路も伝承されている。
また、太極拳の套路は健康法としての一面がよく知られており、一般に太極拳と言う場合、武術ではなく健康法・健康体操の一種として捉えられることも多い。各派に伝わる伝統の套路を基にして編集委員等によって競技・表演用に整理された太極拳や、健康体操として簡易化された太極拳などを、伝統拳に対して『制定拳』と呼ぶ。現在広く一般に普及している簡化太極拳(二十四式太極拳)は、中国政府が編纂・制定したものである。
日本で武術太極拳と呼ばれている競技は、世界的には『武術(ウーシュウ)』と呼ばれているもので、太極拳、長拳、南拳を組み合わせて作られたスポーツである。套路種目に制定拳が取り入れられているが、伝統拳との間に直接的な関連性はない。

歴史 ...
元代、張三豊が少林寺で武術を修めた後に武当山に入って修行し、道教の陰陽五行思想や吐納法と呼ばれる呼吸法を取り入れて編み出したとされている。但し、張三豊は中国の他の伝説にも現れる不老長寿の仙人の名前であり、この説については伝説の域を出ていない。
実際の起源については諸説あるが、明代に河南省温県常陽村(現・陳家溝)に強制移住させられた陳一族に家伝として伝えられていた武術に、陳氏9世・陳王廷が様々な武術の要素を組み合わせ、明代末期から清代初期にかけて創始されたとする、武術史研究家・唐豪の説が通説となっている。
陳氏の武術は、一族と村を守るための門外不出の武術として発展してきた。清代末期、陳氏14世・陳長興に弟子入りした楊露禅がこの武術を修め、北京に赴きこれを普及。武術理論として王宗岳の『太極拳論』が重視されたため、そこから取って『太極拳』という名称が用いられるようになったと言われる。現在では、源流である陳家太極拳、陳家から分派した楊式太極拳・武式太極拳を初めとして様々な門派が存在する。
一方、太極拳の健康効果は古くから知られていたが、その習得は容易ではなく、万人向けと言えるものではなかった。そのため中国政府・国家体育運動委員会は、第二次世界大戦後、伝統拳の健康増進効果はそのままに、誰にでも学ぶことのできる新しい太極拳を作ることを計画。著名な武術家に命じ、楊式太極拳を基に簡略化した套路を編纂し1956年に制定した。これが制定拳の始まりである。
制定拳は当初、国民の健康増進と、中国伝統文化としての太極拳の普及を目的としていた。世界的に普及した現在は、グループ表演や競技会も盛んに催されており、運動競技としての一面も強くなっている。それに伴って、武術的な側面から制定拳を再編する動きがあり、その一方で健康効果を考慮した新たな総合太極拳(三十二式太極拳)が編纂されるなどもしている。
日本においては、1972年の日中国交正常化以後、来日した中国人教師などから太極拳の存在が徐々に知られるようになり、また中国政府の普及政策によって中国から太極拳を持ち帰る日本人も現れ、健康体操としての制定拳が広まっていった。激しい運動を伴わず場所を選ばずに容易に行えることから高年齢層を中心に人気となり、現在では全国に草の根レベルで太極拳教室が存在している。


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